2008年07月03日(Thu)

Noblesse oblige

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「高い身分に伴う精神的義務」というのが訳語として当てられています。同級生にこの言葉を教えてもらい、はっとしました。

「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される」
(「ルカによる福音書」12章48節)

これが語源みたいですね。新約聖書に載っている内容ですから、権力者が高い責任を負わなくてはいけないということは昔から言われていることです。当たり前といえば当たり前ですね。いつの間にか人間はピラミッド型社会構造を形成して代表者を立てるようになりました。皆の利益代表としてのピラミッドの上層部に君臨する人々が皆の分の責任を負う、これは自然発生的に生まれてきたリーダーに対する責務なのでしょう。

最近では主に富裕者、有名人、権力者が社会の模範となる様に振る舞うべきだという社会的責任に関して用いられる。
(Wikipedia)

上に立つということは、その行動(behavior)に対しての責任が大きくなるということです。普通の人の何人分もの責任を負わなくてはいけません。たとえば、会社の社長であれば社員、さらにはその家族の生活を支えるという責務があるということです。一人の社員のミスは挽回できるかもしれません、しかし社長がミスをすれば会社が傾きます。大きな代償があるのです。だからこそ、上に立つ人間は注意しなくてはいけない。

これはある意味「作られた義務(duty)」であると思われます。一部の国では有名人などが奉仕活動をすることが当たり前と思われているらしいです。つまり最近では一般層からの圧力として使われているらしいのです。ただそれは仕方のないことです。人間の本質は優位性を獲得しようとするところにあります。人より上に立ちたいと思いますし、上に立たれれば潜在的によく思わないものです。そうするといやな面ばかりが目につくのです。もしくは、自分より上に立っているのだから自分の望むようにしてくれないと代表を任せた意味がないと思うのでしょうか。ともかく、そういう風にして下からの圧力というのは常につきものです。

上につくということは、他に何かを認められているということの裏返しですから、とにかくその期待を裏切らないことです。そして概して上から目線になりがちですが、他人の立場になって考える想像力(imagination)と深い思慮(consideration)を持つ人物、これが本物というものなのでしょう。そういう人に会ってみたいものです。そして、そういう人に少しでも近づけたらなと思います。

まず、イライラをためないことから始めましょうか…
スレッドテーマ:高校生日記 ジャンル:日記
 
│posted at 00:10:58│ コメント 0件トラックバック 0件
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